会社概要

COMPANY

代表挨拶

GREETING

弛まぬ研究と挑戦の先に

当社は、創業から97年を迎え、幾多の試練を乗り越え共存共栄を経営理念とし、今日まで着実に前進してまいりました。
セメント瓦製造開始以来、ブロック、セメント二次製品、そして生コンクリートの製造販売へと展開、あらゆる建築・土木を支え続け、文化創造の一翼を担ってきたと言っても過言ではありません。

そして常に、時代のニーズにいち早く対応してきた私共は、山陽自動車道をはじめ、中国横断自動車道、主要幹線道路、及び建築物に携わり、めまぐるしい時代の流れを痛感しております。
社会のニーズが細分化され、より高度になるであろうこれからの時代、地域社会への貢献と明るい企業づくりのため、より一層の研究と挑戦を続けていく決意です。

代表取締役社長 長谷川 正興

会社概要

COMPANY
会社名 株式会社 長谷川商事
本社 〒710-0837 倉敷市沖新町90-11
TEL:086-425-5151 / FAX:086-424-6113
境港支店 〒684-0001 鳥取県境港市清水町803-1
創立 1979年
資本金 1,000万円
代表者 代表取締役社長 長谷川 正興
売上高 10億円(グループ合計約30億円)
社員数 7名(グループ合計44名)
事業内容及び 取扱製品 ・生コンクリートの製造販売
・コンクリート二次製品の製造販売
 →ブロック式擁壁類 積みブロック(滑面タイプ,粗面タイプ)
・環境対応型コンクリート製品の製造販売
 →透水性コンクリート、透水性コンクリートブロック、緑化ブロック(アースエコブロック) 他
 ※積みブロック(滑面,粗面)、緑化ブロック(アースエコブロック) : 岡山県エコ製品認定品
 ※緑化ブロック(アースエコブロック) : 岡山大学との共同開発により特許取得
・セメント、地盤改良剤、セルフレベリング材等のコンクリート改良材の販売
・タイル工事、組積工事、ALC工事、コンクリートパイル工事、外構工事など
・土木建設工事
営業品目 アースエコブロック(特許商品)/生コンクリート/ハチモル/24Hクイックコンクリート/透水性コンクリート/セメント/地盤改良剤/土木工事/外構工事全般/タイル工事/地盤改良工事/太陽光発電事業/RC30/砂/砕石/太平洋マテリアル関係資材

沿革

HISTORY
19284
八王寺セメント瓦製造所(相原武一郎経営)として倉敷市酒津1626番地に個人企業として発足
セメント瓦の製造・販売・施工を開始
19338
資本金12万円で八王寺セメント瓦製造所を株式会社に組織変更
社名を「株式会社 八王寺セメント瓦製造所」とし、初代社長に柏木貞一が就任
19343
社名を「八王寺工業株式会社」と改称
事業目的を各種瓦の製造・販売および付帯事業、土地住宅の経営、運搬業とする
193811
2代目社長に相原武一郎が就任
19399
3代目社長に諏訪義男が就任
194511
岡山市に岡山営業所を開設
19472
4代目社長に長谷川長一が就任
19495
資本金を20万円に増資
19507
米子市大篠津町に米子工場を開設し、セメント瓦の製造・販売・施工を開始
19511
本社工場にて、通産大臣(現:経済産業大臣)より平型セメント瓦のJIS規格の表示許可(第187号)を取得
196110
初代取締役会長に長谷川長一が就任
同日、5代目社長に長谷川毅が就任
事業目的を瓦・コンクリートブロック・セメント二次製品の製造・販売・施工および付帯事業、土地住宅の経営、運搬業、建設業へ改正
19629
資本金を80万円に増資
19637
資本金を160万円に増資
196311
資本金を320万円に増資
196410
米子市夜見町に夜見工場を新設
各種スレート、ブロック、セメント二次製品の製造・販売・施工を開始
196512
岡山市中仙道に岡山営業所を開設
米子工場にて通産大臣(現:経済産業大臣)よりコンクリートブロックのJIS規格の表示許可(第665024号)を取得
19662
資本金を480万円に増資
19673
本社工場にて通産大臣(現:経済産業大臣)よりコンクリートブロックのJIS規格の表示許可(第666055号)を取得
197010
本社工場のブロック製造設備を2台に増強
19723
倉敷市真備町川辺2123に真備工場を新設(コンクリート・セメント二次製品工場)
19728
資本金を720万円に増資
19748
6代目社長に長谷川広海が就任
19753
米子工場を「米子八王寺工業株式会社」として分離独立(本社全額出資、資本金300万円)
19758
真備工場にて生コンクリートの製造・販売を開始
197510
事業目的を下記5項目に改める
各種瓦、コンクリートブロック、生コンクリート、その他セメント二次製品の製造・販売・施工
土地住宅の経営
運搬業
建設業
上記に付帯する一切の事業
197611
資本金を1,200万円に増資
197612
真備工場にて通産大臣(現:経済産業大臣)より道路用コンクリート製品のJIS規格の表示許可(第676043号)を取得
19775
真備工場にてコンクリート積ブロック製造設備が完成し、間知ブロックの製造を開始
19777
岡山県土木部長より「HB式間知ブロック1型」の土木工事用コンクリートブロックの承認通知を取得
197812
真備工場にて通産大臣(現:経済産業大臣)よりコンクリート積ブロックのJIS規格の表示許可(第678041号)を取得
19792
資本金を2,500万円に増資
19793
藤本建材株式会社を設立
198012
真備工場にて日工式生コンクリートプラント1㎥強練型残自動式バッチャープラント 1基建設移動
19818
真備工場にて通産大臣(現:経済産業大臣)よりレディーミクストコンクリートのJIS規格の表示許可(676043号)を取得
19858
真備工場にてセラミック瓦36の製造を開始
198511
真備工場にて日工式生コンクリートプラント1.75㎥強練型残自動式バッチャープラント 1基 前バッチャープラントを取替建設移動
198812
倉敷市沖新町90-11に八王寺工業株式会社の鉄筋コンクリート造3階建本社ビルを竣工
20046
サンコー生コン株式会社をM&A
20074
岡山大学との共同研究によりアースエコブロック(緑化ブロック)の特許を取得
20087
2代目会長に長谷川広海就任
7代目社長に長谷川正興就任
20105
社団法人 山陽技術振興会より村川技術奨励賞受賞
20106
藤本建材株式会社を株式会社長谷川商事に社名変更
201212
倉敷真備工場 新プラント竣工
20148
太陽光発電設備(真備発電所・米子発電所)稼働開始
20187
平成30年7月豪雨に被災
社員一同の協力により16日という短期間で復旧
202010
八王寺第2ビル竣工
20213
資本金を3,000万円増資し、資本金8,000万円となる
20249
八王寺工業株式会社 本社の営業機能を株式会社長谷川商事へ移管
太平洋セメント・太平洋マテリアル特約店業務および土木建設事業を拡充

長谷川家の歩み

THE JOURNEY OF THE HASEGAWA FAMILY

長谷川家の由来

長谷川家は、小田郡美川村上高末(現在の矢掛町上高末)で、江戸末期に「車屋長谷川」の屋号を持ち、米屋・農林業を営む家系でした。
現社長から数えて四代前の代で一度家系が途絶えかけましたが、長谷川家と縁の深い本多家から婿養子と嫁を迎えることで家督を継承しました。その長男が長一、次男が毅です。
正興社長の祖父である毅は、旧制中学校を卒業後、公務員として勤務しました。
やがて第二次世界大戦が始まり、戦時中に大日本土木の専務と戦友となり、日本の戦後復興の折には耐火煉瓦が必要になること、その供給で全国的な取引が見込めることを知らされ、その約束を取り付けます。
戦後、帰国した長男・長一とともに岡山県内で耐火煉瓦の企業を探しましたが、条件に合う企業が見つからず、代わりにセメント瓦工場であった八王寺工業株式会社に着目しました。
創業は1928年(昭和3年)にさかのぼりますが、戦後のある時期に、長一が中心となって資金を調達し、当時の株主に総社市選出の衆議院議員・山崎氏らが加わる形で、八王寺工業株式会社の経営権を取得したと伝えられています。
その後、会社経営が軌道に乗り、本家は引き続き米屋・農林業を営んでいたことから、八王寺工業の事業は次男・毅に引き継がれました。
当時、約1,000万円規模の資金を長谷川家の信用で調達しており、現在の貨幣価値に換算するとおよそ1億円相当とされています。
八王寺工業株式会社は、個人創業から株式会社化を経て、柏木貞一(初代社長)、相原武一郎(2代目社長)、諏訪義男(3代目社長)、その後長谷川 長一(4代)、毅(5代)、広海(6代)、正興(7代)へと社長職が引き継がれてきました。
1928年の創業から数え、まもなく100年を迎える歴史を刻んでいます。
創業当初は倉敷市酒津の工場からスタートし、その後の時代のなかで岡山市や米子市など複数の工場を展開する時期もありました。
一時は工場数が減少した時期もありましたが、毅の代には倉敷市酒津、米子市、倉吉市、新見市といった地域で事業を展開し、セメント瓦から空洞ブロック、コンクリート二次製品、生コンクリートへと主力商品を変化させながら成長してきました。
現在は、グループ全体として米子工場・境港工場・倉敷真備工場の3工場を基盤としています。
このうち八王寺工業株式会社としては、倉敷真備工場と境港事業所(※旧:境港工場を集約)を主要拠点として営業しています。

7代目・長谷川正興社長 母方の由来

7代目社長・長谷川正興の母方の系譜は、都窪郡清音村(現在の総社市清音)にあります。
高祖父・常七は、当時の清音村で助役を務めていました。
常七の代から材木業を営み、その流れの中で、祖父の叔父にあたる柳吉は「材木業だけでは今後の生計は厳しい」と考え、人生50年と言われた時代に30歳から京都大学法学部へ進学しました。金時計を授与される優秀な成績で卒業し、その後は台湾で自治行政に携わったのち、実業家・大原孫三郎に見いだされ、クラボウ(倉敷紡績)の社長に就任しました。
その縁が広がり、柳吉の娘は、岡山土地倉庫の社長であり、岡山商工会議所会頭も務めた工藤常吉のもとへ嫁ぎました。
さらにその系譜は、岡山トヨペットを率いた末永家へとつながっており、行政・産業・流通の各分野で地域に根ざした役割を果たしてきた一族でもあります。

掲載情報

PUBLICATION INFORMATION

コンクリート新聞

西日本豪雨の復興支援について、
取り上げていただきました。
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⁩⁩日本海新聞

採用の一環として日本海新聞一面に掲載いたしました。
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西日本豪雨 復興への歩み

WESTERN JAPAN POST-RAIN DISASTER RECONSTRUCTION
2018年7月6日
撮影:代表取締役社長 長谷川 正興

各種証明書

VARIOUS CERTIFICATES

ISO9001登録証

JISマーク表示制度認証書〈ブロック〉

JISマーク表示制度認証書〈生コン〉

緑化ブロック 特許証

エコ認定証

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